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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和56年(ネ)58号 判決 1982年2月26日

控訴人 坂本孝一

被控訴人 国

代理人 有本恒夫 山下碩樹 城下道明 後藤伸一 河埜述史 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  「(一)原判決を取消す。(二)被控訴人は控訴人に対し、金二三九万五、六〇〇円及びこれに対する昭和五五年四月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決。

2  前項の(二)の部分につき仮執行の宣言。

二  被控訴人

1  主文と同旨の判決。

2  仮に控訴人の請求が認容され仮執行の宣言が付されるときは、担保を条件とする右仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  課税処分と納税

(一) 控訴人の昭和五一年分の所得税について、控訴人が所定の確定申告書を以つてした当該確定申告、これに対して宮崎税務署長がした更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下、右更正を本件更正と、右賦課決定を本件賦課決定といい、右両者を併わせて本件課税処分という)、同署長がした控訴人の異議申立に対する決定(棄却)及び国税不服審判所長がした控訴人の審査請求に対する裁決(棄却)の経緯は別表のとおりである。

(二) 控訴人は右審査請求に対する棄却裁決後、被控訴人に対し本件課税処分に係る税額合計金四〇三万九、四〇〇円を支払つた。

2  短期譲渡所得金額と本件課税処分の違法性

(一) 控訴人は昭和四七年一二月一二日原判決末尾添付物件目録記載の土地(以下、本件土地という)を他から買入れて取得したが、これを使用することなく、昭和五一年五月二一日代金三、〇〇〇万円で他に売渡して譲渡した。そして控訴人は、右買入代金、買入時及び売渡時の各仲介料並びに整地費(以下、これらを本件買入代金等という)の合計金二、〇一〇万七、七五〇円のほか、本件土地取得のための借入金に対する利息(以下、本件借入金利息という)合計金五七〇万二、三三三円を支払つた。即ち、控訴人は、本件土地取得のため昭和四七年一二月一二日株式会社宮崎相互銀行から金二、〇〇〇万円を借受け、次いで昭和四九年一月三〇日株式会社肥後相互銀行から同金額を借受けて前者の借入金を弁済したが、前者の借入金の利息として右弁済時までに金一五六万九、二七六円を支払い、且つ、後者の借入金の利息及び延滞利息としてその借入時から本件土地譲渡前である昭和五一年四月二七日までに金四一三万三、〇五七円を支払つたものであつて、本件借入金利息合計金五七〇万二、三三三円は本件土地取得のために必要且つ相当な借入金利息である。

(二) 而して、本件土地譲渡による控訴人の昭和五一年分短期譲渡所得(以下、本件譲渡所得という)金額の計算にあたつては、収入金額である本件土地売渡代金三、〇〇〇万円から本件買入代金等合計金二、〇一〇万七、七五〇円のみを所得税法第三三条第三項所定の取得費及び譲渡費として控除するのではなく、資産取得のための借入金の利息はその金員の借入及び利息の支払が必要且つ相当なものである限り、同法第三八条第一項所定の「資産の取得に要した金額」に該当し所謂取得費を構成すると解するのが相当であるから(東京高裁昭和五四年六月二六日判決・判例時報第九四五号三六頁以下参照)、本件借入金利息合計金五七〇万二、三三三円をも控除すべきである。

(三) 因みに、国税庁は従来右見解をとらず、ただ所得税基本通達三八―八(以下、旧通達という)を以つて「固定資産の取得のために借入れた資金の利子のうち、当該固定資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の金額は、業務の用に供される資産に係るもので所得税基本通達三七―二七により当該業務に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されたものを除き、当該固定資産の取得費又は取得価額に算入する」取扱いをし、未使用の資産を他に譲渡した場合は譲渡所得金額の計算上当該資産取得のための借入金の利子は控除できないとしてきたもので、本件課税処分もこれに従つたものであるが、右東京高裁判決後、「所得税基本通達の一部改正(譲渡所得関係)について」と題する昭和五四年一〇月二六日付通達直資三―八(以下、新通達という)を以つて旧通達を改正し、当該資産を使用しないで譲渡した場合でも、その譲渡の日までに対応する借入金の利子はその譲渡資産の取得費又は取得価額に算入されて控除する取扱いをするようになつた。

(四) そうすると、本件譲渡所得金額は、収入金額金三、〇〇〇万円から本件買入代金等合計金二、〇一〇万七、七五〇円及び本件借入金利息合計金五七〇万二、三三三円を控除した金四一八万九、九一七円であるから、これに基づいて算出される納付すべき税額は金一五七万一、六〇〇円、過少申告加算税額は金七万八、二〇〇円である。従つて、本件課税処分は、本件更正については右納付すべき税額を超える部分、即ち金二二八万一、二〇〇円につき所得税法第三八条第一項の解釈を誤つた結果、本件譲渡所得金額を、ひいては納付すべき税額を過大に認定した違法があり、また本件賦課決定については右過少申告加算税額を超える部分、即ち金一一万四、四〇〇円につき右過大認定に係る本件更正を前提とした違法がある。それ故、本件課税処分に係る税額合計中右違法部分に該当する税額合計は金二三九万五、六〇〇円である。

3  本件課税処分の効力と不当利得

本件課税処分は前記のとおり違法部分があり、しかも新通達によれば、取得した資産を使用しないまま他に譲渡した場合でも当該資産の取得のための借入金利子は譲渡の日までに対応する分が取得費又は取得価額に算入されることとなつたのであるから、国税通則法第五六条の趣旨にかんがみれば、課税庁たる宮崎税務署長は新通達に従つて本件課税処分につき違法部分を是正した減額更正の措置をとることが正義、公平の理念から要請されているというべく、他方、控訴人は法的無知のため本件課税処分の取消を求めるべき行政訴訟の出訴期間を徒過したことをも考慮すると、かかる場合、控訴人が本件課税処分の違法部分に基づく納税を甘受しなければならないとすることは著しく不当で、正義、公平の原則に反するものてある。従つて、宮崎税務署長や被控訴人は本件課税処分中違法部分についてはその効力を主張することはできないから、被控訴人は控訴人が被控訴人に対し支払つた本件課税処分に係る税額合計金四〇三万九、四〇〇円中右違法部分に該当する税額合計金二三九万五、六〇〇円は法律上の原因なくして不当に利得したものというべきである(最高裁昭和四九年三月八日第二小法廷判決・判例時報七三八号六二頁以下参照)。

4  結論

よつて、控訴人は被控訴人に対し右不当利得金二三九万五、六〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五五年四月一五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被控訴人の答弁及び主張

1  答弁

(一) 請求原因1の各事実は認める。

(二) 同2の(一)の事実中、控訴人が昭和四七年一二月一二日本件土地を他から買入れて取得したが、これを使用することなく昭和五一年五月二一日代金三、〇〇〇万円で他に売渡して譲渡したこと、控訴人が本件買入代金等合計金二、〇一〇万七、七五〇円を支払つたこと及び控訴人が株式会社宮崎相互銀行から金二、〇〇〇万円を借受けたことは認めるが、その余は不知。同2の(三)の事実は認める。同2の(二)と(四)は争う。

(三) 同3の事実中、控訴人が本件課税処分の取消を求めるべき行政訴訟の出訴期間を徒過したことは認めるが、その余は争う。

(四) 同4は争う。

2  主張

(一) 譲渡所得の課税原理は資産そのものを主体として、それ自体の値上り益を清算しようとするにあるところ、この基盤に立つて「資産の取得に要した借入金利子が取得費を構成するか」の問題を所得税法第三八条第一項に照らし解釈すれば、譲渡所得が、不動産所得、事業所得または雑所得の如く投下資本の生産力による収益ではなくして、資産の値上りにより毎年潜在的に発生している増加益であり、しかも、それが資産の譲渡によつて顕在化したときに課税の対象とされ、期間計算に親しまないものであることから、資産の取得に要した費用とは、資産取得のために直接必要とした費用、即ち当該資産の客観的価値の一部を構成する支出をいい、然らざる支出はたとい資産を取得するための借入金利子であつてもこれに含まれないと解されるのであり、右の見解(以下、不算入説という)が従来の判例・学説の大勢であつた。旧通達による「固定資産の取得のために借入れた資金の利子のうち、当該固定資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の金額は……取得費又は取得価額に算入する」との取扱いは、不算入説に立脚しながらも、業務用の固定資産の取得のために借入れた資金の利子に関する所得税基本通達三七―二七とのバランスを図るためにとられた措置にすぎないから、資産を未使用のまま他に譲渡した場合には、その資産保有期間中に生じた資産取得のための借入金の利子をその資産の取得費に算入しないものとして取扱うのは理論上当然である。そして、新通達を以つて旧通達を改正したのは旧通達が合理性を欠き法律に違背していたからではなく、単に従来の取扱いを変更したにすぎないものであり、本件課税処分には控訴人主張の如き所得税法第三八条第一項の解釈を誤つたことに基因する違法部分はない。

仮に、本件課税処分に右の違法部分があるとしても、所得税法第三八条第一項の解釈論上、資産の取得に要した借入金利子は取得費を構成しないとの不算入説が従来の判例・学説の大勢であつて、これに相当の根拠がある以上、右の違法部分は当然無効とはならない。

(二) 公権力の発動たる行政行為に基づく不当利得については、その行為が絶対無効であるかまたは違法として取消され、法律上の原因なくして利得したことが公に確定されてはじめて不当利得を構成するとの原則からすれば、本件課税処分が適法有効に確定している以上、本件課税処分に基づく納税が法律上の原因なき利得とはいえない。

控訴人が本件課税処分の効力を争う行政訴訟を提起せず出訴期間を経過させたのは、いわば自ら争訟の権利を放棄したものというべく、また、本件の如き場合に課税庁である宮崎税務署長において本件課税処分につき減額更正すべき法律上の定めはない。そして、新通達はその適用に関して「今後処理するものからこれによられたい」として傘下税務署にその取扱いの統一を命じているのであつて、本件課税処分は右の「今後処理するもの」に該らないし、新通達による旧通達の改正は、所得税法上資産取得に要した借入金利子は取得費を構成するか否かの問題についての終局的な正しい解釈論はさておき、現代経済社会における一般の意識構造の変化に適合させたにすぎないものと解すべきであるから、本件課税処分を新通達に従つて減額更正しないことが正義、公平の理念に反するとは到底いえない。

なお、控訴人がその主張に関し引用する最高裁昭和四九年三月八日第二小法廷判決は、収入すべき権利が確定したとして課税の対象とされた金銭債権が後に貸倒れとなつた事案で、課税要件事実の後発的変更の場合であるのに対し、本件課税処分においては課税要件事実の後発的変更(例えば、未収の譲渡代金が後日貸倒れになつたという場合)は全くなく、単に法令解釈上の問題であるから、本件とは事案を異にし、右判決が本件に妥当する余地はない。

三  右主張に対する控訴人の答弁

争う。

第三証拠<略>

理由

一  請求原因1の(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがない。

二  次に、請求原因2の(一)の事実中、控訴人が昭和四七年一二月一二日本件土地を他から買入れて取得したが、これを使用することなく昭和五一年五月二一日代金三、〇〇〇万円で他に売渡して譲渡したこと、控訴人が本件買入代金等合計金二、〇一〇万七、七五〇円を支払つたこと及び控訴人が株式会社宮崎相互銀行から金二、〇〇〇万円を借受けたことは当事者間に争いがなく、その余の事実(但し、本件借入金利息合計金五七〇万二、三三三円が本件土地取得のために必要且つ相当な借入金利息であることを除く。)は<証拠略>によつて認めることができる。

ところで控訴人は、本件課税処分の違法性について請求原因2の(二)ないし(四)のとおり主張し、うち(三)の事実は被控訴人も認めるところであるが、仮に右主張のとおり、本件課税処分には本件譲渡所得金額の計算に当つて収入金額である本件土地の売渡代金三、〇〇〇万円から本件買入代金等合計金二、〇一〇万七、七五〇円のほか本件借入金利息合計金五七〇万二、三三三円をも控除しなかつたことによる違法部分があるとしても、所得税法第三八条第一項の解釈論に関する「資産の取得に要した借入金利子が取得費を構成するか」の問題については、本件課税処分当時不算入説が学説・判例の大勢を占め、現在でも不算入説が学説上有力であつて、不算入説にも相当の根拠があることは当裁判所に顕著な事実であるから、右不算入説に依拠した本件課税処分の右違法部分はその違法性が明白且つ重大なものとは到底いうことができず、従つてこれが当然無効となる余地のないことはいうまでもない(最高裁昭和四三年一〇月三一日第一小法廷判決・民集第二二巻第一〇号二、三一二頁参照)。そして、控訴人が本件課税処分の取消を求めるべき行政訴訟の出訴期間を徒過したことは控訴人の自認するところであるから、本件課税処分は全部効力(公定力)を有するものであり、そうである以上、右効力の主張が許されない何らかの理由がない限り、本件課税処分に基づく納税が法律上の原因なき不当利得とはなり得ない。

三  しかるところ、控訴人は、本件課税処分の前記違法部分の効力の主張が許されない理由として請求原因3のとおり主張する。そこで、この点について検討するに、<証拠略>によれば、新通達は「今後処理するものからこれによられたい」と定めていることが認められるから、本件課税処分が新通達による取扱いの対象とならないことは明らかである。そして、所謂減額更正の制度は、国税通則法第二三条(さらに所得税法上の特例としては同法第一五二条及び第一五三条)に定めるところであつて、右各法条の趣旨にかんがみれば、減額更正の事由及びその請求期間は、期限内納税申告の適正化、租税法律関係の早期確定、及び法的安定等の要請から、限定されたものと解されるところ、控訴人のした本件確定申告に対する本件課税処分につき仮に前記違法部分があるとしても、それは右各法条に定める減額更正事由のいずれにも該当しない(なお、国税通則法第二三条第一項各号の減額更正事由に該当する場合にあつては、その減額更正の期間は法定申告期限から一年であるが、本件においては控訴人が右期間内に適式の減額更正の請求をした事跡は全くこれを認めることができない)から、課税庁である宮崎税務署長において本件課税処分につき右違法部分を是正した減額更正をする法的義務はないものというべきである。しかも、本件課税処分にたとい前記違法部分があるとしても、その違法は所得税法第三八条第一項に関する解釈の誤りに基づくものであるところ、かかる原始的瑕疵の存する場合においては法は行政訴訟による救済を第一義的建前としているものと解されるのであつて、控訴人の自認に係る前記出訴期間の経過が控訴人の主張する如く法的無知によるものとしても、それは控訴人の責に帰すべき事由によるものというの外ないから、宮崎税務署長が本件課税処分につき右違法部分を是正する減額更正をしないことが正義、公平の原則に反するものということはできない。従つて、宮崎税務署長や被控訴人が本件課税処分の前記違法部分の効力を主張することができないとする控訴人の前記主張は採用できない。

なお控訴人は、請求原因3の主張の裏付として最高裁昭和四九年三月八日第二小法廷判決・判例時報七三八号六二頁以下を引用するが、右は旧所得税法(昭和三七年法律第四四号による改正前のもの)下における雑所得に係る利息、損害金の未収債権が、これに対する課税処分後に貸倒れとなつた場合、即ち課税要件事実の後発的変更があつた場合において、不当利得の法理の適用を認めた事案であつて、課税処分の原始的瑕疵が問題となつた事案ではないから、右判決は本件に適切でないものといわなければならない。

してみれば、本件課税処分に基づく前記納税が被控訴人の不当利得であることを前提とする控訴人の本訴請求は理由がないものというべきである。

四  よつて、以上と一部理由を異にするが、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川純一 谷口彰 大沼容之)

別表<略>

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